人的資本開示と採用|中小企業への波及と実務対応のポイント

人的資本開示と採用|中小企業への波及と実務対応のポイント

2023年3月期決算から、有価証券報告書での人的資本情報開示が上場企業約4,000社に義務化されました。2026年2月には内閣府令が改正され、2026年3月期からは経営戦略と連動した人材戦略・平均年間給与の増減率など開示項目が拡充されています。中小企業には直接の開示義務はありませんが、取引先や金融機関から任意開示を求められるケースが増えつつあります。この記事では中小企業の経営者・人事担当者向けに、人的資本開示の概要と採用への影響・今からできる準備を整理します。

この記事でわかること

  • 人的資本開示の概要と対象
  • 中小企業への波及ルート
  • 開示項目と採用ブランドの関係
  • 中小企業が今からできる準備

人的資本開示の概要

人的資本開示は、企業が「人材への投資」に関する情報を有価証券報告書に記載することを義務付ける制度です。2023年1月の内閣府令改正により、2023年3月期以降の決算から義務化されました。詳細は金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正」をご参照ください。

項目 内容
対象企業 有価証券報告書を提出する上場企業・非上場の大会社(約4,000社)
開始時期 2023年3月31日以降に終了する事業年度
義務記載事項 人材育成方針/社内環境整備方針/これらに関する指標・目標・実績
追加開示3項目 女性管理職比率・男性育休取得率・男女間賃金差異(企業規模の要件あり)
2026年3月期からの拡充 経営戦略と連動した人材戦略/従業員給与等の決定方針/平均年間給与の前年度比増減率

中小企業には義務がない

中小企業・非上場企業には法的な開示義務はありません。ただし後述するように、取引先・金融機関経由での「任意開示」を求められるケースが増えており、実質的な対応が必要になりつつあります。

中小企業への波及ルート

中小企業に人的資本開示が「実質的に」求められる場面は増えています。主な波及ルートは3つです。

ルート①:大企業のサプライヤー・取引先として

大企業の取引先として選ばれるための「非財務情報の提示」を求められるケースが増えています。取引先の人的資本情報(女性活躍・多様性・離職率など)をサプライチェーンの一部として開示要請するプライム上場企業が増えており、中小企業が任意開示せざるを得ない状況が生まれています。

ルート②:金融機関からの評価

融資や事業再構築の評価において「非財務情報」を重視する動きが強まっています。地方銀行・信用金庫でも、ESG関連の融資メニューや、人的資本投資の状況を評価する取り組みが広がっており、中小企業でも「開示できる状態」にしておくことが有利になります。

ルート③:採用市場からの評価

候補者は転職先を検討する際、有価証券報告書・企業ホームページ・SNS等から「その会社がどんな人的資本投資をしているか」を確認するようになっています。上場企業と比較検討される中小企業も「同水準の情報を発信できるか」で採用競争力が変わります。

開示項目と採用ブランドの関係

人的資本開示の項目は、そのまま採用ブランドの構成要素にもなります。候補者が知りたい情報と、投資家が知りたい情報は多くの部分で重なります。

開示項目 採用ブランドへの意味
人材育成方針 「入社後どう成長できるか」の候補者への説明力に直結
社内環境整備方針 「働きやすさ」「多様性」への姿勢の可視化
女性管理職比率 性別を問わないキャリア機会の指標
男性育休取得率 育児と仕事の両立支援の実態を示す指標
男女間賃金差異 同一労働同一賃金への姿勢の可視化
平均年間給与・増減率 賃上げの実態を候補者に示す指標

関連する法制度の背景は女性活躍推進法と採用|男女賃金差異公表義務の実務対応同一労働同一賃金と採用への影響|パート・契約社員の求人票対応もあわせて参照してください。

中小企業が今からできる準備

準備①:データの整備から始める

開示を検討する前提として、「そもそも自社の数字を把握している」状態を作ります。従業員数・離職率・平均勤続年数・研修投資額・女性管理職比率など、基本的な数字を月次または四半期で管理する体制を整えます。定着率の計測方法は採用後の定着率を計測する|3か月継続率の計算と改善の手順を参照してください。

準備②:人材育成方針・社内環境整備方針の言語化

「うちは人を大事にしている」を、具体的な方針として言語化します。「教育・研修に年間◯◯円投資している」「ハラスメント防止研修を年◯回実施している」など、抽象論から具体的な事実へ落とし込みます。方針を言語化するプロセスは採用ブランディングの始め方|中小企業が整えるべき3つの土台と重なります。

準備③:採用広報・求人票への反映

言語化した方針・整備したデータを、採用LP・求人票・note・SNSで発信します。採用ブランディングと採用広報の実行段階に近い作業になります。詳しくは採用広報の始め方|note・SNS・自社メディアで候補者を集める採用LP社員インタビューの作り方|読まれる構成と質問例を参照してください。

準備④:スモールスタートで進める

全19項目を一気に開示する必要はありません。自社の強みとなる2〜3指標から始めるアプローチが現実的です。「教育研修投資額」「離職率」「男女間賃金差異」など、まずは把握できる項目を1つずつ整えていくことが実務上の現実解です。

※本記事は2026年6月時点の情報をもとに作成しています。最新の制度詳細は金融庁内閣官房の公式情報をご確認ください。

⚠️ 個別の対応は専門家への確認を

開示の要否や記載内容の詳細は業種・規模・取引先関係によって異なります。上場グループ会社・大企業サプライヤーの中小企業は、監査法人・人事コンサルタント等にご相談のうえ判断してください。